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東京高等裁判所 昭和31年(行ナ)43号 判決

原告 ガルフ・リサーチ・エンド・デヴエロツプメント・コンパニー

被告 特許序長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

原告の為この判決に対する上告の附加期間を三ケ月とする。

事実

原告訴訟代理人は特許庁が同庁昭和二十八年抗告審判第一六六〇号事件につき、昭和三十一年二月二十九日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

原告訴訟代理人は請求の原因として、

一、原告はアメリカ合衆国デラウエア州法により設立され同合衆国の国籍を有する法人であるところ、西暦一九四五年(昭和二十年)九月十一日アメリカ合衆国でした特許出願に基き連合国人工業所有権戦後措置令第九条による優先権を主張して昭和二十五年七月二十四日に「井戸枠または井戸壁に孔を穿つ装置」なる発明につき特許出願をし、昭和二十八年四月十日拒絶査定を受けたので抗告審判の請求をし、同事件は特許庁昭和二十八年抗告審判第一六六〇号事件として審理された上、昭和三十一年二月二十九日に右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がされた。

審決の理由は

本願発明の要旨はその明細書の特許請求の範囲及び添付図面の記載からみて、

(A)  外方の所望穿孔点に向く凹窩を有する少なくも一個の爆轟装薬と、

(B)  この爆轟装薬を爆発させる装置と

(C)  爆轟装薬を内部に装填する中空の封緘された頑強な室とを有し

(D)  この室は井戸内に挿入され、井戸内に定着することができるような

井戸枠または井戸壁に孔を穿つ装置にあるものと認める。

しかるに拒絶査定における拒絶理由に引用された本件特許出願前国内に頒布された刊行物特許第一二二〇六四号明細書には、爆発装薬を爆発させる装置と、爆発装置を内部に装填する中空の封緘された頑強な室(本願明細書に記載された「井戸枠を損傷したり或は周辺の地殼に余計の破損を与えることを防止するため」という目的についても同様であると認める)とを有し、この室は主として垂直の堀穿孔内に挿入し、堀穿孔内に定着することができるような堀穿孔の孔壁に射弾する装置が容易に実施し得べき程度に記載されている。

本願発明の装置をこの装置に比較すれば、

(1)  主として垂直の堀穿孔の孔壁の代りに井戸枠または井戸壁とし、

(2)  爆発装薬の代りに爆轟装薬を使用し、

(3)  射弾しないで、即ち射弾の透徹力にはよらないで、爆薬の爆発力で穿孔を行うため、

(4)  爆轟装薬には外方の所望穿孔点に向く凹窩がある点で相違している。

しかし(1)の相違は、これ等の穿孔装置を応用すべき場所の相違にすぎず、しかも岩石土壌内等に堀穿された垂直孔の孔壁である点において均等であるから、当業者の必要に応じて選択採用し得るものと認められ、この点に発明は認められない(2)の相違は火薬の種類の相違であつて、いずれも従来より周知であるのみならず、要求される爆発の速度によつて当業者が選択採用することが明らかであるから、爆発威力を大ならしめようとする域を出ない意味においての右(2)の相違点については、当業者が必要に応じて選択採用すべき範囲に属することであつて、この点に発明は認められない。

(3)及び(4)の相違につき、弾を使用しないで火薬の爆発力だけでも穿孔できることは、従来より周知であるから、(3)のようにして穿孔することは必要に応じて当業者の容易に採用し得るところであつて、この点に発明を認めることはできない。またその穿孔効果をあげる為に火薬の爆発威力を及ぼすべき外方の所望穿孔点に向く凹窩を設けた場合の効果、換言すれば火薬の爆発の力は、そのような凹窩の存在する一点に集中し、瓦斯噴出がその点において特に著しいことは従来極めて普通に知られているから、(4)のように爆轟装薬に外方の所望穿孔点に向く凹窩を設けることは何等新規ではない。

以上(1)乃至(4)のいずれの点にも発明を認めることができず、又これ等を綜合しても特別の効果を生ずるものとは認められないから、全体の装置としても別異の発明を構成するものと認められず、結局本願発明の装置は前記引用の装置と発明均等と認められ、特許法第四条第二号所定の要件を欠き、同法第一条にいわゆる新規の発明と認めることができない。

というにある。

二、然しながら審決は審理不尽の結果本願明細書に記載された発明の内容を誤認し、その特許請求の範囲に明記された最も重要な発明の構成要素を殊更に除外したものについてされた違法のものである。詳しくいえば、審決理由の前段の発明主要部の認定が甚しく不当である。即ち本願の特許請求の範囲は外方に向く凹窩を有する少くも一個の爆轟装薬と、この爆轟装薬を爆轟させる装置とを包含する井戸枠又は井戸壁に孔を穿つ装置において爆轟装薬を井戸内に挿入し、井戸内に定置し得るようにした中空の封緘した室内に装填して該室により爆轟装薬の一部又は全部を包囲する膨脹室を形成するようにしたことを特徴とする井戸枠又は井戸壁に孔を穿つ装置であり、右請求の範囲を一読して明瞭なように、(A)外方に向く凹窩を有する少なくも一個の爆轟装薬と、(B)この爆轟装薬を爆轟させる装置とは本願発明装置の前提にすぎず、本願発明の存する部分は「爆轟装置を井戸内に挿入し井戸内に定置し得るようにした中空の封緘した室内に装填して、該室により爆轟装薬の一部又は全部を包囲する膨脹室を形成するようにしたことを特徴とする井戸枠又は井戸壁に孔を穿つ装置」であり、このように膨脹室を形成することによつて得られる本願発明の作用効果は、その訂正明細書に繰り返して述べられてある通り、有効な穿孔に伴う裂壊作用を防止すること、このようにして形成された装薬周囲の空所によつて該装薬の爆轟時にその爆轟によつて生ぜしめられる衝撃の強さを部分的に吸収して実質的に減少させることにより井戸枠、井戸壁の穿孔は有効ならしめるが、その裂壊作用を小ならしめんとすることにあり、いずれにしても本願発明の装置は凹窩を備えた爆轟装置の極めて有効な穿孔作用を有効に利用すると共に、これに伴い勝な裂壊的破壊作用を装薬の装填構造を改良して膨脹室を形成することによつて有効に避けたものであつて、審決がこの作用効果に留意せずして本願発明の要旨を前記のように認定したのは審理不尽の甚しいものである。

尚審決において本願明細書にある「井戸枠を損傷したり或は周辺の地殼に余計の破損を与えることを防止するため」という本願の目的についても審決引用の特許第一二二〇六四号明細書に容易に実施し得べき程度に記載されているとしているが、右引用特許明細書の全文全図面を通じ本願の意図する過圧低減の目的作用の記載が全く見られず、右審決の説くところも又明らかな誤認と審理不尽に基くものである。

三、よつて原告は審決の取消を求める為本訴に及んだ。

と述べた。

被告指定代理人は事実の答弁として、

原告の請求原因一の事実を認める。

同二の主張は争う。

即ち原告は本願発明の存する部分をその明細書の請求の範囲の項の内後の方の「爆轟装薬を井戸内に挿入し井戸内に定置し得るようにした中空の封緘した室内に装填して、該室により爆轟装薬の一部又は全部を包囲する膨脹室を形成するようにしたことを特徴とする井戸枠又は井戸壁に孔を穿つ装置」に限定しているけれども、本願を一つの発明として見た場合、右請求の範囲の内原告主張の右本願発明の存する部分よりも前に記載されてある部分、即ち「外方に向く凹窩を有する少くも一個の爆轟装薬とこの爆轟装薬を爆轟させる装置とを包含する井戸枠又は井戸壁に孔を穿つ装置において」なる部分も後の部分と共に発明構成の要素をなすものであつて、もし後の部分に格別新規な技術的要素がないときでも前の部分との関連において現在の技術的水準を一歩こえるような着想の存在が認められるときは全体として発明を構成するものと認められる場合もあるべく、本願発明の存する部分を原告主張の部分に限定するのは失当である。

而して原告主張の本願発明の作用効果はこれを要約すれば、衝撃の強さを部分的に吸収して実質的に減少させ、それによつて穿孔は有効であるが、その裂壊作用を減少防止するという点にあるものと認められるが、右裂壊と穿孔とは性質上その作用が相伴つて増大するか、相伴つて減少するかの関係にあるものと解せられ、従つて室の内部で装薬を爆発させること自体に作用効果上別段益するところはないのであつて、審決が右と同趣旨の判断をしたについては原告主張のように本願発明の作用効果に留意しなかつたものではない。

本願発明の「井戸枠を裂壊して損傷したり或は周辺の地殼に余計の破損を与えることを防止するため」なる目的も審決引用の特許第一二二〇六四号明細書に容易に実施され得べき程度に記載されてあるとの審決の見解を非難する原告の主張につき、本願の明細書に爆発装薬を室内で積極的に爆発させることは明記されてないし、仮に爆発装薬を室内で爆発させた場合を考えても、その室は「爆発装薬を内部に装填する中空の封緘された頑強な室」であるから、爆発装薬の爆発発生物の一部は瞬間内にこの室内に充満し、他の一部が穿孔点に向つて噴出し、井戸枠に穿孔した後において、室内に充満した発生物が追跡的に噴出すべきことは明白であり、右引用例でも同様の室内に爆発発生物の全部が充満し、射弾物体が押し出されて井戸枠に穿孔した後に追跡的に噴出すべきことも、又明白である。そのような観測の下では、両者いずれも追跡噴出物の噴出前に井戸枠の穿孔はされており、本願のものの追跡噴出物がその室の存在によつて原告主張のような防止効果があると仮定するならば、引用例のものの追跡噴出物にも同様の防止効果があるわけであつて、その間に特別な差異の存することは考えられないばかりでなく、考え方を変えればむしろ穿たれた孔に対する追跡噴出物が急激に噴出するならば、前記防止効果が損われることが予想されるから、引用例の前記のような室を設けずに尋常の射弾の場合のように爆発物と射弾体とを相接せしめて、室という程のものを介在させないとすれば、前記防止効果は全く失われるか、或は極度に減衰することになることも明らかであつて、引用例が尋常の方式によらず、前記のような室を設けて、その一部に爆発物を装填したこと、即ち「爆発装薬を内部に装填する中空の封緘された頑強な室」を設けたことは、その設けたこと自体すでに前記防止効果を狙つたものと見るのが相当であり、その意味でこの室の目的は本願のものと同様であるから、原告の前記非難は失当である。

と述べ、

原告訴訟代理人は被告の右主張に対し、本願発明では前記の通り膨脹室を設けた点に最も重要な発明要旨が存し、しかも爆轟のエネルギーは爆轟ガスの形で直接穿孔に使われるに対し、審決の引用する特許第一二二〇六四号では爆発のエネルギーは射弾を打ち出すだけに使われ、本願のようにガスを直接穿孔の目的に使おうとするものとは、その目的構造作用効果を全く異にし、本願の企図する膨脹室などについては全く何等の記載もなく示唆も与えられていない。と述べた。

(立証省略)

理由

原告の請求原因一の事実は被告の認めるところである。

成立に争のない甲第二乃至第四号証によれば、本願発明は、「外方に向う凹窩を有する少なくも一個の爆轟装薬と、爆轟装薬を爆轟させる装置とを包含する井戸枠又は井戸壁に孔を穿つ装置において、爆轟装薬を井戸内に挿入し井戸内に定置できるようにした中空の封緘した室内に装填して該室によつて爆轟装薬の一部又は全部を包囲する膨脹室を形成するようにしたことを特徴とする装置」をその要旨とし、その目的はこのようにして形成された装薬周囲の空所によつて該装薬の爆轟時にその爆轟によつて生ぜしめられる衝撃の強さを部分的に吸収して実質的に減少せしめることによつて井戸枠又は井戸壁の穿孔は有効ならしめるも、その裂壊作用を小ならしめようとするにあることが認められ、次に成立に争のない甲第一号証(審決に引用された特許第一二二〇六四号明細書)によれば同特許は昭和十二年五月十七日特許出願公告がされ、同年十月六日特許されたものであつて、同発明の内容は、堀穿孔の孔壁内から岩片を採取する装置として、垂直の堀穿孔内に挿入して堀穿孔内に定置することができる封緘された頑強な室内に堀穿孔の孔壁に射弾するための爆薬を装置し、この爆薬は右頑強な室から堀穿孔の壁に発射される弾丸の後方の中空部から垂直の通路によつて連通する上方の爆薬室の下方一部に装置され、右頑強な室を地上から孔内に吊り下げた電纜によつて送電され爆発するものであることが認められ、本件にあらわれたすべての資料によつても以上の認定を動かすに足りない。而して右引用特許明細書がアメリカ合衆国における本件特許出願前に日本国内に頒布されていたことは本件弁論の全趣旨により明らかなところである。

右本願発明の要旨と引用特許の内容とを比較するに、両者はその一部に爆発装薬を装填した中空部を有する封緘された頑強な室と爆発装薬を爆発させる装置とを有し、この頑強な室は垂直な堀穿孔内に吊下して適宜の位置に定置でき、孔壁に穿孔を行うものである点では全く一致し、前者がその定置場所を井戸枠又は井戸壁の内とし、爆発装薬を爆轟装薬として、射弾に使用せず、直接孔壁等に作用させてその爆発力で穿孔を行い、更に爆薬の前面に穿孔点に向う凹窩を設けた点で後者と相違しているものと解される。然しながら井戸枠又は井戸壁も畢竟一種の堀穿孔の孔壁であり、又弾丸を発射せずに爆轟火薬自身の爆発力でも近距離においては相当の穿孔力を有すること及び爆薬の前面に凹窩を設ければ前面に対する爆発力が増大されることが共に従来普通に知られていることは本件弁論の全趣旨に照らし明らかであり、従つて本願発明の要旨とするところは、前記引用特許明細書の記載事項並びに右公知事実よりして当業者が別段発明力を要せずして容易に考え得るものであり、従つて本願は特許法にいわゆる発明を構成しないものといわざるを得ない。原告は審決が本願発明の装置が凹窩を備えた爆轟装置の極めて有効な穿孔作用を有効に利用すると共に、これに伴い勝な裂壊的破壊作用を、装薬の装填構造を改良して膨脹室を形成し、これによつて爆轟時に爆轟により生ぜしめられる衝撃の強さを部分的に吸収することにより有効に避けたとの作用効果を無視したものである旨及び本願発明の「井戸枠を裂壊して損傷したり或は周辺の地殼に余計の破損を与えることを防止するため」なる目的が審決引用の特許第一二二〇六四号明細書には審決のいうように記載されていない旨主張するけれども、当事者間に争のない前記原告の請求原因一の事実中の審決の理由には、本願と同様引用特許第一二二〇六四号明細書のものが爆発装薬を内部に装填する中空の封緘された頑強な室を有し、井戸枠を損傷したり或は周辺の地殼に余計の破損を与えることを防止するためという目的についても同様である旨述べられてあつて、審決が原告主張のように本願発明の右の構造作用及び効果を無視していないことが明らかであり、又前顕甲第一号証の引用特許明細書及び図面の内容に徴すれば、引用特許のものの中空の封緘された室は畢竟本願の膨脹室と同様これに装填された爆薬の爆発力を弱め堀穿孔壁の裂壊を防止する作用を果すものであることが認められ、従つて右の作用効果が引用特許明細書に記載されてないとすることができないから、原告の右主張はいずれも認容することができない。

又原告は本願発明では爆轟のエネルギーは爆轟ガスの形で直接穿孔に使われるに対し、引用特許では爆発エネルギーは射弾を打ち出すだけに使われる点で、両者はその目的、構造、作用効果を異にしている旨主張するけれども、引用特許では打ち出された射弾は堀穿孔壁に対し穿孔作用を行うことは本願の装置における爆轟ガスの行う作用と別段異るところはないから、右の点で本願の装置と引用特許との間に原告主張のような相違があるとはし難く、右主張も又認容することができない。

然らば審決が以上当裁判所の説くところと結局同旨の理由を以て本件特許出願を排斥したのは相当であつて、原告主張のような違法の点はなく、原告の請求は失当であるから、民事訴訟法第八十九条第百五十八条第二項を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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